
「もう終わったことなのに、なぜか何度も思い出してしまう」
そんな経験はないでしょうか。
・理不尽な言葉を言われた
・納得できない対応をされた
・自分だけが不利な立場になった
時間が経っているのに、ふとした瞬間に思い出すことがあります。
なぜ人は理不尽な出来事を忘れられないのでしょうか。
今回は「理不尽の心理構造」という視点から考えてみます。
理不尽な出来事は整理しにくい
人は出来事に対して、
「なぜそうなったのか」を理解しようとします。
失敗した理由が分かれば次に活かせます。
誤解の原因が分かれば修正できます。
しかし理不尽な出来事は違います。
理由が見えない。
説明がない。
相手の考えが分からない。
そのため
出来事を整理しようとしても途中で止まってしまいます。
理不尽さとは
単に嫌な出来事ではなく、「整理しにくい出来事」でもあります。
理不尽さは答えが見つかりにくい
理不尽な出来事を何度も思い出してしまうのは、
考えることが好きだからではありません。
答えが見つかりにくいからです。
なぜあんな言い方をされたのか。
なぜ自分がその立場になったのか。
なぜ説明がなかったのか。
考え続けても答えが出ないと、思考は終わりにくくなります。
理不尽な出来事が長く残る背景には
この「答えの見つからなさ」があります。
理不尽な出来事を繰り返し思い出す理由
心理学では、こうした状態に関係するものとして
「ゼイガルニク効果」があります。
これは
終わったことよりも
終わっていないことの方が記憶に残りやすいという心理作用です。
理不尽な出来事は
形としては終わっていても頭の中では終わっていないことがあります。
説明がない。
理由が分からない。
意味づけができない。
自分の中で区切りがつかない。
こうした状態では
出来事そのものが過去になっても
思考の中では未完了のまま残りやすくなります。
心理のキーワード
ゼイガルニク効果
終わったことよりも
終わっていないことの方が記憶に残りやすい心理作用。
理不尽な出来事が繰り返し思い出される背景には
出来事そのものではなく
「まだ理解できていない」
「まだ区切りがついていない」
という未完了の感覚が関係していることがあります。
理不尽な出来事は
出来事が終われば終わるほど忘れられるとは限りません。
むしろ
理由が分からないまま終わった出来事ほど頭に残ることがあります。
それは出来事を思い出したいからではなく
理解しようとする働きが続いているためです。
人は理解できたことよりも
理解できていないことに注意を向け続ける傾向があります。
理不尽な出来事が繰り返し思い出される背景には
この「理解しようとする働き」が関係しています。
例えば、職場で納得しにくい対応を受けたとします。
理由が説明されれば、そこで一度考えが止まることがあります。
けれど、理由が分からないまま終わると、
「あれは何だったのだろう」
と何度も考えてしまうことがあります。
理不尽な出来事が忘れられないのは
出来事が大きかったからだけではありません。
頭の中で終わらないまま残っている部分があるからです。
理不尽さと向き合うときに起きていること
理不尽な出来事を思い出すとき、
私たちは出来事そのものだけを考えているわけではありません。
理由を探したり、
説明を求めたり、
つながりを見つけようとしたりしています。
つまり、
記憶をたどっているというより、
理解しようとしている状態です。
だからこそ、
理不尽な出来事は時間が経っても頭に浮かびやすくなります。
考えてみること
あなたが今も忘れられない出来事には、
「まだ整理できていない部分」が残っていないでしょうか。
心理構造ラボ たえ